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434 6/18<日>は、とても感激しました。 

キッチン
狭いキッチンで懸命にベトナム料理を作ってくれているベトナムの若者たちです。



 昨日の日曜日<6/18>は、いつものように日本語の勉強会の日だったが、先週の勉強会終了後に、「来週はベトナムの料理を作りたいですが、いいですか?」ということを聞かれ、「いいねぇ…」と答えていた。

 さて、その日が昨日だったが、彼女らは、いろいろな食材を手にして三々五々集まってきた。それぞれ、キッチンに入るや、申し合わせたように、それぞれが、すぐ料理づくりを始めた。瞬く間に、キッチンは喧噪の場と化し、彼女らの弾む声が飛び交った。彼女らの会話は。当然にしてベトナム語のため、話の内容は皆目わからなかった。

 事前に打ち合わせをし、どんな料理をつくり・分担・食材の買い出し等々を話し合ったに相違ない。それにしても、無駄のないスムーズな仕事の流れと、その鮮やかな料理の手さばきは素晴らしく、見事な立ち振る舞いに驚かされた。狭いキッチンで体を寄せあいながら、実に楽しそうに会話を交わしつつ・手作業を休めることなく、料理づくりに没頭していた。
 
 料理づくりも佳境に入ったころ、突然Yさんが「先生、今日は 何の日か知っていますか」と聞いてきた。
 私は、先週の料理づくりの話を聞いた時に「6月18日は父の日だから、きっとそのための料理づくりをするのだろうう」…と内心思っていたので、彼女には申し訳なかったが、「ん…?何の日かな」と一瞬、とぼけて見せた。

 「今日は父の日です。私たちは先生に感謝しています。だから今日はベトナムの料理を作ります。食べてください」と真面目な顔つきで話してくれた。少し嘘をついて申し訳なかったと思いつつ、彼女らの優しさにほだされ、無性に喜びがこみ上げてきたのだった…。

 さて、「父の日」についてはあまりよく知らないため、Net で調べてみると、次のような分かりやすい記事に出会った。少々長いが、次に抜き出してみた。

 ■「父の日」とは、1900年代当時、既に 存在していた「母の日」に対して「父の日」をつくってほしいという運動を起こしたのは、アメリカに住むジョン・ブル
ース・ドット夫人という女性です。
 彼女の父である ウイリアム・ジャクソン・スマート氏は、妻の死後、6人の子ども達を男手ひとつで立派に育て上げました。懸命に働き、自分たちを育ててくれた父…。そんな 父の末娘であったドットは、父をたたえ、1909年に「父の日」を提
唱しました。それ以後、彼女の尊敬する父の誕生日が6月であったため、6月の第3日曜日が「父の日」となったそうです■

 なるほどと思った。「父の日」が全世界に広がり、日付は少々異なる国もあるようだが、6/18 を中心に、世界の国々で「父の日」が決められ、感謝の日としてお祝いの会などが行われているそうだ。当然、ベトナムも然り、彼女たちにも親しみ深く受け止められているのだろう…と想像できたのだった。

 やがて全料理が完成した。日本の料理に似たものもあったが、テーブルに並んだのは.全部で7品だった。とにかく嬉しいものだ。今までに、細君と私の誕生日・母の日にはケーキを持参し、ベトナムのお菓子も作ってくれた。本当に感謝・感謝である。
 ビールを飲みながら会話が弾み、午後5時過ぎまで続いた。最後にSさんが作ってくれたベトナム・コーヒーゼリーが旨かった…。

父の日
6/18「父の日」に手づくり料理で感謝の会をしてくれたベトナムの若者たちです。

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